7routeplanet

写真と七辻脳内白描図

虹をかける

 引っ越しを決めた年の、最後の夏に、僕が見た雨上がりの景色は、大パノラマに渡る虹の架け橋。

 この頃は、カメラもろくに撮れなくなっていた。

 

 以下、noteに上げた歌詞。

 

https://note.com/7tsuji/n/ne998026381b7

 
 とても真白い壁だった。
 高く聳えた分厚い壁だ。
 僕は住処の乾びた大地で、それを見上げて佇んでいた。


 西も東も壁は続いて、地平線でも霞むことはなく。
 これはどこまで続いているのかと駆け始めたのがきっかけだった。


 青い青い空の向こう彼方に飛び去る翼が壁を飛び越える。
 それをつむじに横切るように、壁を右手に駆け続けていく。


 走り続けたら壁の角っこだ。
 速度を緩めて覗いた真白い壁の右へと曲がった先には、広い蒼海が揺蕩っていた。


 海……など、渡れないよ。
 そんな技術は持っちゃいない。
 だから、壁を振り返って、来た道を戻ることにした。
 
 したんだ。
 戻ることにしたんだ。
 戻ることにした。
 戻ることにしたんだよ。
 戻ろうとして、踵を返して、回った身体を支えるために、指で引っ掻いた真白い壁が削れて真白い砂が飛ぶ。


 白い砂が弾ける。
 初夏を待ち侘びる太陽の光を受け取ってきらきら輝き出す。


 それが嬉しくて、僕は、もう一度、走ったんだ。
 まだ、指先に残る砂粒
 真昼に煌めく大地の星が飛ぶ。


 元居た住処を過ぎ去った。
 傷痕を刻む真白い壁だ。
 ぼろぼろと崩れ瓦礫のようでも
 向こうが透け出すことはない。


 いっそ壊してみせようか。
 砂が指先で溢れる脆さだ。
 鈍器か何かで一発殴ってやればいい。


 それは。
 それは嫌かな。
 それは嫌。
 それは嫌だな。
 真白い壁を壊さずに、向こう側を見る方法が
 もしもあるのだとするならば、僕はそれを探してみたい。


 月の石よりも白い砂粒が足元をきらきら照り返す。
 まだ、日暮れを知らない大地がこの先も続くなら、僕は明日も明後日も夜もすがらきっと駆け続けていられる。


 空を羽ばたく翼を思い出したんだ。
 僕とつむじを成した太晴の翼。
 あれを羨ましいと思う前に、自分の足で地道に駆けるよ。

 

 乾びた大地に、若葉が芽吹き出す。
 駆け続ける僕は、それを横目に見ながら、雨が降るなら、僕の走った後に降ってくれよって。

 

 思ってたら雨が降ってきて。
 砂粒はただの石ころに。

 

 きらきらしてなくても、転がりそうでも、坂道でもただ、砂粒を纏って、指先で示す壁の向こうを望んで駆け続けたいんだって。


 雨が止んで、気色が潤んで、坂道が壁を低くしていく。
 あともう少し。
 もう十歩。あと、三歩。
 指先が壁の天辺に掴みかかる。


 壁の向こうに恋焦がれる気色は。


(青い空がどこまでも続いていて。僕の指先に残った砂粒がばら撒かれて。太陽の反対側で七色が微笑んでいて。僕にしか分からない幸福がそこに見えて。あれはきっと、眼差す目色で変わる。この光景は、僕にしか見えない気色。)


(君が手を振っている。あの人が笑っている。真白い壁の狭い天辺で風を受けて、壁に寄りかかっている人がいる。心地よく眠る顔が綺麗で。幸せそうな顔で。怒っている人がいる。泣いている人もいる。泣かないで。大丈夫。)


(貴方には、この光景がどう映るんだろう。貴方は、この壁をどうするのだろう。壁の向こう側は。壁の色は。形は。材質は。壁を越えるのか。壊すのか。なぁ。)


(あぁ。あの場所にあった気色は……?)

 

 せっかく駆けた道のりだけれど、今一度、戻ってもいいかな。
 壁の天辺を、綱渡りみたく歩いて戻る。
 あの時、僕が佇んでいた壁の向こうに何が見えたか、確かめに行ってみたいから。

 

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虹をかける
撮影日:2013/07/XX

 

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 この唄の音楽は、僕の頭の中にしかかからない。

 唄のリズムもきっと、いつか忘れてしまうなら。

 

 さよなら。

 

 さよなら。
 僕の、羽田の空。