7routeplanet

写真と七辻脳内白描図

SS「花見」

 児童公園の桜の木は、青いベンチの端に爪立てば、とどくかとどかないかの枝葉を揺らして幼い指さきをもてあそんだ。その枝先には、ひとかたまりの桜が四方八方へ向けてここぞとばかりに花開いている。

 青いベンチに、片足をずった爺が腰を下ろしてはにかんだ。真っ白なひげと黒い肌の隙間に咥える空色のたばこへ火を付けて、手元は青いラベルの酒瓶を持つ。

 心地良い風が子どもの額を撫ぜた。桜の枝が左右に振れて、花びらがいちまい、にまい、ひらひらと落ちる。

 それを見ていたつぶらな目は、ころころ笑う喉元から、そよ風を乞う歌を唄ってみせた。調子っぱずれで無邪気な声に、公園坂上のバス停で佇む婆が振り返って目を細める。母親から遠目に見守られた幼子が桜の木と戯れている。

 立ち昇るたばこの煙がゆらりと揺れた。

 桜の枝がもう一度、子どもの指さきの前でいたずらに振れる。躍起になるちいさな指がうんと伸びて、とうとう枝先にそろりと触れた。

 わずかにたわんだ桜の枝が、子どものなか指をなぞって高くすばやく跳ね上がる。その勢いに振られた花のひとつが、茎の根元から宙へと放り出されて自由を得た。音も無く五枚の花弁を羽根代わりにくるくるとまわる姿はさながら竹ひごとんぼのようで、隣でそれを眺めていた爺のきらとした眼光がその軌跡をなぞり、懐憶とともに彼方へ消える。

 桜の花は未だ宙を回り続け、やがて地上へ近づいた。それが、子どもの目の高さまで降りてきたとき、子どものやんちゃなひらの手が、桜の花を空気ごとかっさらう。つぶれた花弁のひとひらが、子どもの指の隙間から、ひらりと逃げて宙を泳ぎ、やがて目をぱちくりさせる爺が手にする酒瓶の、青いラベルの裏側へと落ちていった。

 

今週のお題「お花見」